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神戸牛の歴史

但馬牛(たじまうし)をご存知ですか?

神戸ビーフは但馬牛なんです。
但馬牛の中のほんとにいい牛だけが神戸ビーフになるのです。
有名な松阪肉や近江牛も但馬牛から生まれているのです。まずは「但馬牛について」から説明いたします。

但馬牛(たじまうし)とは

種類は和牛の中の黒毛和種

優れた肉質と強力な遺伝力があり、 全国の和牛改良に最もよく活用されています。

黒毛和牛は全国各地にいますが、但馬牛だけは他県産の血を入れていません。肉の味は血統で決まると言われ、血統は代々受け継がれてゆくものなのです。ですから全国の和牛改良にも活用されるているのですね。

神戸ビーフなどの銘柄牛は「お肉」になってから認定されるもので、但馬牛(たじまうし)は兵庫県の和牛、「牛さん」のことです。

※「但馬牛」は牛の呼び名ですが、「兵庫県産(但馬牛)」は神戸ビーフと同じように銘柄牛であり、お肉になってから認定されます。・・・ややこしいですネ。(^-^;)

但馬地方

兵庫県の北に位置する但馬地方は、良い草と変化に富んでいます。牧草に恵まれ、水は硬水でラジウムが多く、山草には肉牛が育つのに必要な薬草が含まれています。
また、経験豊富な飼育農家により血統の純粋性を長年にわたって保ち続け、たえず改良への努力を払ってきた結果が全国に誇る但馬牛を生み出しました。

つる牛

但馬地方とくに渓谷を中心に飼育されてきた優秀牛の系統を「つる」と言います。その系統牛を「つる牛」と言います。
優良牛ばかりを交配し純良な血統を強力に伝える牛です。毛並みではこれ以上無いという名牛。昔は100余のつる牛がありましたが現在では次の3系統です。

  • あつたづる・・・・・・・美方郡美方町
  • ふきづる・・・・・・・・・美方郡温泉町
  • よしづる・・・・・・・・・城崎郡香住町

但馬牛はこれまで他県産の牛の血は一滴も導入しておらず、完全な純血種となっています。

但馬牛の歴史

但馬牛の歴史は古く、約1200年前の「 続日本紀 」に「但馬牛、耕うん、輓用、食用に適す」という記述があります。

約700年前に書かれた「国牛十図」には当時の和牛の体系・特徴・性質などが記述されており、但馬牛の項は

「骨ほそく宍かたく皮うすく腰背まろし角つめことにかたくはなの孔ひろし逸物おぼし」

と書かれています。
昔は食用よりも荷役用としての役割が大きく、食肉牛として注目されるようになったのは明治以降です。
交通の便も不便だった頃は、自然に良い血統が引き継がれてきましたが、現在でもその事を重視し血統を守り続けているのです。

神戸ビーフの歴史

実は神戸ビーフを見出したのは港街神戸にやって来た外国人さんなんです。まだ日本では牛肉を食べるという習慣は公ではありませんでした。仏教の教えや、生類哀れみの令などの影響で、こっそり食べられていました。ですから慶応元年兵庫へやってきた外人さん達は、苦労して牛商人を探しました。でも、屠殺(とさつ)することは嫌われ、自分達でしていたのですよ!牛肉文化の執念が神戸ビーフを見いだしてくれたのですね。
明治4年に初めて日本人経営の公の屠殺場「鳥獣売込商社」が設立されます。

神戸で最初に牛肉店を始めたのは、慶応3年ごろで、イギリス人のキルビーという人です。
日本人が始めたのは明治初年と言われています。

当時初代兵庫県知事だった伊藤博文が牛肉を好んで食べていたのも神戸では知る人ぞ知る話です。
文明開化とともに外国の珍しい文化が急激に入り、日本人の食生活も大きく変わっていきました。

明治天皇の食膳に牛肉がのったのは、明治5年1月24日と言われています。
「牛肉を食べる」ことが街に広まっていき、それとともに神戸は牛肉発祥の地として「神戸ビーフ」の名も高まっていくことになります。

神戸ビーフの定義ができたのは昭和58年です。それまでは牛肉の輸入も自由化されておらず、但馬牛を神戸で食べるから神戸ビーフだったくらいです。品質を統一し安心して多くの方に食べてもらおうと、生産、流通、消費にかかわる関係団体が一体となり昭和58年9月に「神戸肉流通推進協議会」を設立し、定義が決められました。
こういう歴史を経ているため、外国では神戸という地名を知らなくても神戸ビーフは知っていると言われるほど世界的にも有名なブランドになったのですね。